復興ログ

未来の被災地にいるアナタと数十年後のキミたちへ。すべての記録を残します。

石巻川開き祭り名物がなくなっていた

川開き祭りも終わり、そろそろ涼しくなってきた石巻です。

お盆を利用して帰省されたかたも多いのではないでしょうか。いつもよりも、街中がにぎわっているように感じました。

 

今年の川開き祭りを見て、ふと感じました。

「何かが足りない・・・」

以下は、今年の川開き祭り8月1日の写真ですが、気づきますか?

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花火が上がるタイミングで、街に人は出ているけれど、川開き名物のアレがないことに気がつきます。

 

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 アイトピア通りをきれいに飾る「七夕飾り」(吹き流し)が全くないのです。(写真は2010年の石巻川開き祭り)

アイトピア通りにはこの、竹を飾るための専用溝があり、大きな竹に七夕飾りをつけて、お祭りを盛り上げてきました。上記二枚の写真はほぼ同じアングルの写真です。

思い返すと、2012年から、七夕飾りは完全に姿を消したようです。

 

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この写真は震災直後、2011年の写真です。かろうじて、七夕飾りがあります。

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2011年には、支援をいただきながら、七夕飾りを掲げたのだそうです。

 

以下の写真が翌年2012年の石巻川開き祭りアイトピア通りの様子です。

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この年から吹き流しが消えて、道路の脇に籠を掲げるような形になりました。

2011年も耐えた七夕飾りですが、現在なくなった理由を商店街の方に聞いてみると、その答えは、地域が抱える課題そのものでした。

  • 震災で籠(七夕飾りを括る上部の籠)が津波で流されてしまった
  • 費用がかかるので作れない
  • 制作のノウハウやその関係者も商店街にはいるのだが「作れる若い人」がいない(毎年6月から制作しているとのこと)

資金的な問題があったことは想像できていましたが、準備や後片付けまでを任せられる若い商店街関係者がいないという問題には、うなずくしかありませんでした。

伝統的な地域の祭りの中に日常的な現実を感じました。

 

以下は、2010年の様子です。川開き祭りを盛り上げる豪華な七夕飾りは、パレードや行き交う人たちの気分をも盛り上げる素晴らしい文化だったなと思い返します。

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ジャンプして飾りに触ろうとする子どもがいたり。

 

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七夕飾りを背景に踊る中学生がいたり。

 

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街を練り歩く姿はとても豪華に見えます。

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お祭りを盛り上げてくれていた七夕飾りは、石巻の川開き祭りになくてはならないものでした。

お祭りに参加する人、見て歩く人、それを作る人がいたこと。祭りを見ると、震災を経て3年が経過したのと同時に、地方都市の流れの中で、変化する街の様子が見て取れます。

この流れに歯止めをかけるべく、石巻の街中では若い人間が活発にコミュニケーションを取り、街を元気で楽しい場所にしようと頑張っています。

今の、石巻なら2010年にあった、石巻川開き祭りの吹き流しを復活させることが出来るかもしれません。

2015年は、豪華な七夕飾りがアイトピア通りに復活することを願って。

 

以下は、1996年の川開き祭りの様子です。奥が見えないくらいの七夕飾りでいっぱいでした。

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